疲れていたのは体じゃなくて心だったのかな?休んでも意味なかったかも。

 

こんにちは。たかです。

先日、妻にこんなことを言われました。

『最近、疲れた~、疲れた~、って言わなくなったね』って。

自分では自覚無いんですが、そうらしい。

会社に行っていた時は、『疲れた~』を連発していたようです。

特に、40歳過ぎくらいから、激しくなったそうです。

まあ、言われてみれば、そうかもしれませんがね。

さらに、妻は、こんなことも言うんです。

『若いころは、疲れたなんか言わなかったし、仕事も楽しそうだったもんね』って。

ん・・・

たしかに、若いころの方が、仕事は楽しかったかも・・・

激務でしたが・・・

疲れたの正体

今、『疲れた~』なんて、一言も言いません。

そんなこと言ったら、妻に叩きのめされてしまいます。

たしかに、今は、そんなに疲れたこともしませんので、疲れたと思わないんでしょう。

でも、仕事をしていた時も、そんなに疲れることはしていません。

では、何が違うのか?

『疲れた~』っていう言葉を正確言えば、『心が疲れた~』ってことじゃないかと思うんです。

なので、体が疲れたわけじゃないんです。

そう考えると、つじつまが合います。

若いころの心の疲れ

こんな僕でも、若いころは、仕事に夢中になっていました。

新しいことや難易度の高いことにも、取り組んでいたと思います。

その時からポンコツでしたから、失敗しても、平気でしたしね。

約10年前までは、今のように社内ルールも厳しくありませんでした。

なので、やりたいことを、どんどんやることが出来たんです。

なので、心が疲れることが無かったのかもしれません。

40歳過ぎたら

40歳を過ぎたあたりから、社内のルールが厳しくなり、やれることも少なくなりました。

しかしながら、その中で、結果を求められる。

しかも、難易度の高いことばかり・・・

競合他社が出来ることも、自社は出来ない。

当然、自分の考えた営業方法なんか、もってのほか。

でも、結果が出なければ、会社から追いつめられる。

十分なサービスが出来なければ、お客さんからも、責められる。

そういった、どうしようもない環境の中で仕事をしていたので、疲れてしまったのかもしれません。

休んでも無駄だった

疲れたから、休ませて・・・なんてことを、妻や子供たちに言っていたような気がします。

でも、いくら休んだって、意味なかったのかもしれません。

いくら寝ても心の疲れは取れません。

そもそもの問題が解決しないことには、何も変わりありませんからね。

今は、仕事から解放され、やりたい事をやっているので、心が疲れることはありません。

なので、『疲れた~』なんていう言葉を吐かないんだと思います。

ただし、妻のご機嫌が悪い時は、僕の心はズタズタになっていますが・・・

最後に

妻に言われたことで、サラリーマン時代を思い出してしまいました。

思い出しただけでも、心が重くなっていきます。

お腹の下あたりが、ズーンと重くなっていくんです。

そんな時代と比較すると、今の生活が、いかに幸せか。

楽しいことはありませんが、つらいこともありません(妻の機嫌次第)。

好きな事をやって、毎日が終わっていく。

周りの人からみれば、『毎日、何やってんだ?』って思われるかもしれませんが。

『あの時、会社を辞めてよかった』

今、心の底から感じることです。

これから、いろんなことが起こると思います。

ですが、『会社を辞めなきゃよかった!』ってことにならないように、生きていきたいと思います。

本日も最後までお付き合いありがとうございました。