やりがい過労死なんてあるんだろうか?やりがいと強迫観念は違うと思う

 

こんにちは。たかです。

みなさんは、仕事に『やりがい』を感じたことありますか?

こんな僕でも、たまには、仕事にやりがいを感じたことがあります。

ですが、ほんの少しだけです。

残りは、お金の為だけに、仕事をやってきました。

今日、こんな言葉を知りました。

『やりがい過労死』です。

みなさん、ご存知ですか?このことば。

今、この『やりがい過労死』が問題になっているそうです。

こんな記事を見ました。

『“やりがい過労死“ その背景とは? 『仕事してしまう…』を管理する必要性』です。

では、この『やりがい過労死』とは、どんなものなのでしょうか?

やりがい過労死とは

この記事の中には、こんな事が書かれています。

『やりがい過労死』とは、文字どおり、やりがいを感じて『働きすぎる』ってことのようです。

僕の認識では、やりがいを感じながら働いていれば、過労死なんかしないだろうと思っていました。

イヤな仕事を長時間させられれば、過労死になることもあるんじゃないかと思っていたわけです。

どんなにやりがいのある仕事でも、体の調子が悪くなれば、やりたくなくなると思うんです。

『ちょっと、休憩しよう!』ってなるんじゃないかと。

でも、やらされている仕事ならば『体調悪いけど、休めない・・・』ってなって、最後は過労死が待っている。

やりがい過労死とは、僕の想像とは違うものらしいです。

具体的なやりがい過労死とは

こんな例が、書かれています。

【製薬会社勤務】
『夫はインフルエンザにかかり、40度の高熱にうなされているときでさえ、寝ながら携帯片手にパソコンを開いて仕事をしていました。薬を必要とし感謝してくれている人もいる。そういう思いに応えるために懸命に働かないといけないんだと。口癖のように自分自身に言いきかせていました』

いかがですか?

ん~、僕からすれば、この方が休んだら、薬が無くなるとは思えません。

別に休んでも、他の人が代わりにやってくれる仕事なんじゃないのか?

あるいは、こんな方もいらっしゃいます。

【高校の教師】
『どうしても生徒のためにと思うとやってしまう。例えば(教員が)午後5時でみんな帰ってしまうと崩壊してしまう。マイナス面がどこにいくかといえば、生徒に行ってしまうので、なので帰れない、帰ろうと思ってもどうしても生徒のことが頭にあるので』

ん~、どんなマイナスなことが、生徒に及ぶんだろうか・・・・

他の先生と連携を取ることも、出来るんじゃないだろうか?

やりがいとは思えない

今回の記事に書いてる事例は、『やりがい』を感じているわけじゃないんじゃないか?

どちらかと言えば、『オレがやらなきゃ!』みたいな、強迫観念にとらわれているような・・・

そんな気がします。

楽しくやっているようには思えないんです。

僕が勤めていた時も、こんな同僚がいました。

インフルエンザに罹っても、お客さんのところに行こうとするんです。

僕は、『なぜ、そこまでして、お客さんのところに行くの?』って聞いたことがあります。

そしたら、その同僚は、こう答えました。

『他の会社にお客さんを取られるかもしれないから・・・』って。

もう、仕事をしていないと、心配なんですね。

やりがいなんか、感じてません。

『とにかく、仕事をやらなきゃ!』って、思っているだけなんです。

やりがいと強迫観念は違う

僕は、『やりがい』を感じている時は、疲れにくいと思っています。

ですが、疲れてくると、自然とブレーキがかかってくると思うんです。

『ちょっと、休憩しよう!そっちの方が、効率もいいし』みたいに。

一方、『強迫観念』を感じている時は、ストレスフルだと思います。

『やらなきゃいけない!』って思っていますからね。

なので、疲れてきても、ブレーキなんか、かけません。

逆に、アクセルを踏むんじゃないかと思います。

『まだまだ、やらなきゃ!』って。

こんな風に、あまりにも、必死になりすぎている時は、周りの人が、クールダウンさせないといけませんね。

最後に

働き方改革が導入されましたが、おそらく、自宅に仕事を持ち帰っている方が、多いんじゃないかと思います。

あるいは、カフェとかファミレスとか、自宅以外で仕事をされている方もいらっしゃるでしょう。

ですが、適当なところで、やめた方がいいですよ。

体がおかしくなってからでは、遅すぎますから・・・

体と心の健康が、一番大事です。

仕事なんか、人生の一部分にしかすぎません。

そんなことで、人生台無しにするのは、もったいないですからね。

本日も最後までお付き合いありがとうございました。